グローリー/キング牧師、非暴力を貫き4日間世紀の大行進!メディア戦略で世論を動かす

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う~ん、良かったね~。

初めてキング牧師を知ったのは高校のとき。あの有名な”I have a dream~”のスピーチに感動して当時暗記した気が。今はサッパリ忘れちゃったけど。

この映画はそのスピーチ後の出来事。それがちょっと残念けど、同じくらい迫力のあるスピーチが聴けた。

この映画のために体重を増やして外見を変え、スピーチを練習したキング牧師役のデヴィッド・オイェロウォ(難しくて言えね~)。7年かけた役作りは本物のキング牧師と見間違うほど。

2016年アカデミー賞主題歌賞を獲った”Glory”を聞きながらどうぞ~。(すごくいい曲)

1963年9月。キング牧師が有名なスピーチを行った翌月。南部の教会で爆発が起こり、礼拝に来た黒人少女4人が死亡してしまう。凄惨な事件にも関わらず、警察は犯人を誰一人挙げることができなかった。それは奴隷解放宣言から100年経ってもなお、選挙権すら与えられない南部独特の人種差別主義によるものだった。キング牧師は、選挙権を獲得するため立ち上がる。

Selma/2014年/アメリカ/128分/監督:エヴァ・ドュバネイ
予告:グローリー

タイタンズを忘れない、エリザベスタウンなどキング牧師や公民権運動って言葉が出てくる映画はいっぱいあるよ~。


衝撃シーンを紹介する前に、キーワードとなる選挙権について知っておくとわかりやすいと思ってまとめてみた。

当時の黒人選挙権の実態は・・・

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黒人少女が命を失った爆破事件。人種差別により犯人さえ捕まらずに市民が亡くなっていく。キング牧師は状況打破のため大統領に黒人の選挙権を訴えます。なぜ選挙権なのか??

当時のアラバマ州の状況がこちら。

有権者・公務員・裁判官・陪審員すべてが白人、一方黒人は・・・

状況1: 権利はあるが、黒人は投票所にすら入れない。

状況2: 犯人が有罪にならない ⇒ 有権者が選ぶ公務員に守られている。 ⇒ 裁判になっても、陪審員により無罪 ⇒ 陪審員になるには有権者登録が必要

状況3: 有権者登録に行くだけで、新聞に名前と住所が載る。⇒ 名前が載れば、差別主義者に暴行のターゲットにされる。

生活に関わる決定への一切の介入が許されていない、まさに悪のサイクル。住民の半数以上が黒人なのにも関わらずですよ??

この状態から抜け出すために、キング牧師は選挙権を保証する連邦法制定を迫ります。州ではなく国に保証してもらおうとするんですね。なぜならアラバマ州知事自身が人種差別主義者だから。

それでは、選挙権を勉強したところで衝撃シーンTOP3を時系列になるように第3位から紹介。

第3位:有権者登録を求め、セルマ郡庁舎前でデモ

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まずは第一のデモ。セルマの保安官が人種差別主義者だと知った上での、キング牧師の策略。自分たちは非暴力に従い一切の手は出さず。

このデモの裏には、大統領を動かすにはアメリカ全土に”現状を知ってもらうドラマ”を見せなければならないという目的がありました。

丸腰の自分達に手を出してくると踏んで行われたデモ。予想通り保安官が手を出そうとしたものの、止めようとした一人の黒人女性が反対に保安官を殴ってしまいます。その女性はアニー・リー・クーパー(名司会者で女優のオプラ・ウィンフリー)。冒頭で有権者登録に行くも、判事の名前が言えずに却下されてしまった女性。

結果アニーを含めキング牧師も逮捕されてしまいますが、逮捕のニュースは新聞一面記事に。

第2位:血の日曜日事件

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第二のデモは、1人の元黒人兵士が保安官らに射殺されたことに抗議するデモ。別名”血の日曜日事件”

郡庁舎前デモの後、選挙権を訴える黒人の動きに怒ったアラバマ州知事がデモ隊襲撃を指示。この襲撃で逃げ切れなかった元兵士の青年が家族の前で射殺されてしまいます。

キング牧師達はこれに抗議しセルマからモンゴメリーまで80キロに及ぶデモ行進を決行。一方州知事側は、州兵隊・騎兵隊・白人の住民からなる民兵隊で対抗し、催涙ガスや警棒による暴行で黒人たちのデモを阻止。

そしてこの惨劇を取材していた記者は”大統領はベトナム派兵ではなく、セルマに軍隊を送るべきだ”と全米中継で伝えます。

第1位:苦難の末、再度デモを決行。投票権法成立へ

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そして最後のデモ。

多くの犠牲を出した血の日曜日事件。これ以上犠牲者を出したくない思いからキング牧師は一度デモを中断。しかし今度はデモに支援者として参加した白人の牧師が襲撃され殺されてしまう。

かつて自分が指導者として発した、”恐れるな、今更後戻りはできない”という言葉を思い出し、再度デモ決行を決意。未だ法案提出を渋る大統領に最後通告を伝えます。

”私は一介の説教師。あなたは4ヶ月前の選挙で圧勝した、世界一強大な国の大統領です。なのに、ご自分の財産を日々減らしている。

公民権法は忘れても、セルマを見捨てた大統領を人々は決して忘れません。
”待て”しか言わない大統領として、記憶されることになりますよ。ご決断を、大統領。”

ここのセリフは説得力あったね~!

言葉と言うのは、言い方一つでここまで人の心に影響を与えるのか、とキング牧師の説得力に尊敬ますますUP。

そしてついに!大統領による、選挙権制限の撤廃に関する法律が議会に提出されます。

セルマ行進達成。そしてスピーチは・・・

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裁判所からデモをする権利を認められたキング牧師らは、メディアで呼びかけ集まった支援者(全体の3割は白人)と共に、1965年3月21日、4日間かけてセルマからモンゴメリーを行進。

アラバマ州都モンゴメリーで、数千人の聴衆に向けて語りかけます。


いつ自由になるのか もうすぐだ

蒔いた種は 必ず刈り取られる

いつ自由に? もうすぐだ ウソは必ず暴かれる

いつ自由に? もうすぐだ

この目に浮かぶは降臨なさる主の栄光

蓄えられし怒りの葡萄 主は踏みつけん

迅速なる剣 宿命の稲妻を放つ

主の真理は進みゆく 栄光あれ

Glory Haleluya! Glory Haleluya!

主の真理 進撃せよ!


以上、衝撃シーンTOP3でした~!ってほとんど内容全部だけど。

キング牧師はもちろん非暴力で数々の権利を取り戻した人なんだけど、それと同時にメディアの使い方もすごくうまかったんじゃないかな。

ガンジーを敬愛するキング牧師は決して暴力は行わない。自分たちの当然の権利を穏やかな行動を持って主張するのみ。

それに対して激昂する相手の姿をうまーくメディアに見せることによって世論を勝ち取っていった人なんですね。

1865年、リンカーン大統領の奴隷制廃止からピッタリ100年なのも何か運命的なものを感じる。

そうそうすっごい親切なサイトがあってね。やっぱり歴史を訪ねて旅してる人っているんだね~。すごく参考になりました!公民権運動・史跡めぐり

歴史に興味がある人にこの記事が少しでも役に立ってればいいな~。

それでは、グローリーでした~。

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